デンタル小町8月号
22年目に思うこと
歯科医になって、22年目になりました。
一人っ子の私は、モノゴゴロ付いた時から、
歯科開業医の父と叔父、大学人の祖父が、
間近におりましたので、
父の診療室を引き継ぎ、歯科医師になるものと
疑うこともありませんでした。
そして、父の診療している姿を見る事が大好きでした。
当時、どの歯科医師の先生も経験なさった黄金時代を
父は通り抜け、生き生きと優雅で、
開かれた未来を約束されたかのような日々を送っていました。
しかし、歯科界が不協和音を奏で始めたころ、
いつの間にか忍び寄る氷河期に怯えたり、
反発するようになっている父の変わり果てた姿を見る事になります。
子供のころの夢や希望も持てない歯科大生時代を送り、
とりあえず卒業して、結婚し子供をたくさん産んで、
専業主婦になりたいと思っていました。
そんないい加減な私の心に転機が訪れたのは
(といっても、安易な考えの元ですが)
「矯正歯科医になれば月1回働けば、専業主婦をしていける」と
いった後輩のお母様の状況を思いかけず耳にした時です。
それで、何も考えず大学の矯正学講座に入局を申し込みました。
当時、矯正歯科治療をきちっと理解していなかった、
矯正を良く思っていなかった父は大反対しましたが、
この頑固で我儘な私が、父の言うことに
従順であるはずはありませんでした。
こんな、安易な気持ちで入局しましたが、
3年間の研修課程のカリキュラムはハードで、
来る日も来る日もレクチャーと実習で、
挫折しそうになることばかりで、大変でした。
このように紆余曲折を経て臨床医となった私ですが、
実際患者さんに携わるようになると、
機能と審美をともに重視する女性の患者さんも多く、
社会での対人関係がうまく行かない男性患者さんや、
長年のコンプレッスクで精神的に疲れ果てている患者さんなど、
大げさな言い方かもしれませんが、
様々な患者さんの、その人の人生に大きく関わっているようで、
怖くもあり、責任の重さや、また充実したものを感じるようになりました。
ですから、父の反対を押し切った私ではありますが、
今、矯正医になったことを誇りに思っています。
この点だけは父親に対して顔向けの出来る
唯一のものだと確信しています。
