今日の堺 克弘さん
僕は僕のことをどれほど知っているのだろう?
以前、自分の作品を『癖のある器』と書きました。
僕にとってそれは『僕』という個性が
入っているという意味です。
作家をやっていると、この部分がとても大事になってきます。
僕らしいフォルムか?
僕らしいバランスか?
僕らしい色か? などなど フィルターはいつだって
『僕らしいか?』になります。
じゃあ『僕らしいって何?』
当然こういう問題にぶつかりますね。
それはきっとこんな感じ。
『僕の好きな~、あるいは僕にとって気持ちのいい~』
僕好みの何かを探すのは、大変だけど楽しくもあります。
例えば、四季の中で何が一番好きか?
ロックとジャズとでは?
紅茶とコーヒーとではどちらをよく飲む?
あらゆるものをできる限り理由をつけて
説明できるように毎日がトレーニングです。
ただ何となく夏が好きとか、
どちらかと言えばロックかなぁとかじゃ、
ちょっと具合が悪いんです。
そういう『なんとなく』が沢山増えちゃうと、
ものを作るときも『なんとなく』が積み重なって、
結果『なんとなくの作品』しか出来ない気がします。
やきものは形として残ります。
全てが具体化されるんです。
なんとなく出来ちゃた作品だと、
つまりなんとなくの個性になるというか、
中途半端な自己表現になってしまいます。
自分探しのトレーニングは尽きることがなく、
日々自分が自分によって作られていくものだと思います。
とは言っても、言い訳するようですが、
この自分の考えや好みみたいなものは
いろんな変化から少しずつ、本当に少しずつ変わっていきます。
それでもその時々の一瞬一瞬では
自分好みのベストなものを作っているんです。
さて 10年後、20年後の僕は
どんな作品を作っているのでしょう。
自分も楽しみです。
~オマケ~
僕は山南さんと家定さんとでは.........
やっぱり山南さんが好きかなぁ(笑)
紗有見の感想)
ここの3兄弟、それぞれステキな文を書くのです。
育つ環境がそうさせたのだと、
克弘さんの子供の頃の家族話から
感じるものがあります。
